私は天使なんかじゃない






ヘルメツ島





  戦うには仲間が必要だ。
  孤立無援では勝てるものも勝てない。

  仲間がいない?
  群れるのは性に合わない?

  ならば用意周到に、用心深く策を講じるといい。





  ヘルメツ島。
  冒険者の街ソドムの南にある孤島。そこにはハトバと呼ばれる港町がある。ソドムとは特に交流がないが、漁師がたまに行き来する程度の交流がある。
  元々は他の島にあるデルタ・リオ、イスラポルトと三角交易していた。
  それが突如途絶えハトバは寂れた。
  Uシャーク。
  そう呼ばれる巨大なミュータント鮫の出現により交易船は沈められ、関係は途絶した。
  私が向かう場所はそういう場所。



  漁船が港に着く。
  船は港に何隻もあるものの大半は浮かんでいるだけで使い物になりそうなものは少ない。
  ダッフルバックを手に取り私は船から降りた。
  腰には9oピストル、背にはスナイパーライフル。
  これが私の戦闘スタイル。
  「ハトバ、か」
  思ったよりは活気があるが寂れている感はそれを覆いつつある場所のようだ。
  水中にはUシャークとかいうミュータント鮫がいるのだ、怖れて漁が激減すれば寂れるのは仕方ない。ただ自給自足は出来ているようで完全に死んでいる街ではないようだ。
  歩き出す。
  疎らにいる港の人々は私を見ている。
  珍しいのだろう、余所者が。
  だが私の視線も彼ら彼女らに向いている間は確かだ。
  漁はいい。
  見れば分かる。
  ただ、何人かパワーアーマー……いや、一昔前の鎧のような水中服を着ている者がいる。あれで潜るのか、海に?
  不思議な地元民だ。
  じーっとこちらを見ている女性に気付く。その女性の近くにも鎧のような代物が置いてある。
  水着姿の金髪の女性。
  肌は褐色。
  悪くない。美形だな。
  ……。
  ……何を考えているんだ、私は。
  ベロニカと別れてから任務に特化した生き方をしているつもりだが、やはり性癖や欲求というのは捨てきれないものらしい。
  修行が足りんな。

  「あの」

  その女性が駆け寄り、声を掛けてきた。胸がでかいな。何を考えている……以下略。
  立ち止まる。
  「何か?」
  「お1人でこちらに?」
  「……」
  「すいません、あの漁船、誰も降りてこないので」
  「そうね」
  誰も降りてこない漁船。
  そのはずだ。
  航海中に漁師は飛び込んだし、どこの誰か知らない刺客2人は始末して海に捨てた。漁師は誰かに脅されたらしい、それで私がバルトの元に武器を取りに行っている間に刺客を招き入れたと。
  COSか?
  違うな。
  少なくとも刺客はエリヤの手下ではない。BOS崩れではなかった、それほど強くなかった。
  何者だろう?
  私に気付いているであろうエリヤなら、そんな遠回しなことはしないはず。刺客を差し向けるなら少なくとも自分の手駒を送ってくる、あんな三下を送るはずがない。
  残念ながら漁師は喋るか海に飛び込むか選ばせたら後者を選んでしまった。
  今頃は生きてはいまい。
  これでエリヤ以外にも何らかの勢力がいる可能性が出て来た。
  私を狙う理由?
  さあな。
  もしかしたらダッフルバックに入っている妙な金庫かもね。
  「あ、私はサキと言います」
  「どうも」
  「……」
  「ああ、失礼、クリスティーン・ロイスよ。クリスでいい」
  見ず知らずの人に名前を名乗る理由?
  エリヤの出方を見る為。
  お互いにこの地方にいることは分かりきっているのだ、別に実名出したところでも問題あるまい。むしろ相手への挑発になるかもしれない。
  「クリスさんは、ソドムの旅行者さんですよね?」
  「ええ」
  腕には市民証がある。
  「しばらくこちらにご滞在に?」
  「……」
  「すいません、勝手に色々と。その、実はうちは宿やってるんです。ベネット海の家っていう。ベネットっていうのはうちのおじいちゃんの名前です」
  ああ。
  この子は客引きか。
  だとしたら馴れ馴れしくしてきたのも理解できる。
  「よかったらご宿泊はうちにどうですか?」
  「その前に質問」
  「質問?」
  「あの鎧みたいなのは何なの?」
  気になっていた金属の鎧を指差す。
  パワーアーマーよりも古そうだ。
  というか鉄屑にしか見えない。
  「あっ、私はハイテク海女なんです」
  「ハイテク海女?」
  何だそれは?
  聞いたことがない。
  「水中にある昔の使える物とかをサルベージするんです。あれはその為のものです。あれ着て潜るんですよ」
  「スノーケルではだめなの?」
  「潜るだけならそれでもいいんですけど、放射能とかスワンプルークとかもいるので。あれは放射能から守ってくれますし、低周波も出ているんです、水中のミュータントが嫌う類の」
  「へぇ」
  面白い話だ。
  世界は広いな。
  「泊まるわ、幾ら?」
  「食事付きで150キャップです」
  「分かった。前金で今日の分、それと色を付けて200キャップで払うから少し案内して欲しい。ハトバを」
  「分かりました」
  「酒場はある?」
  「酒場、ですか?」
  「そう」
  「マドロスの酒場とトミさんが経営している酒場があります。マドロスの酒場は街の西です、トミさんの酒場はデッキの2階にありますけど。デッキは、あそこです、あの建物。昔は、と言っても戦前
  ですけど、あそこで船を製造していたそうです。今ではただの大きな倉庫程度ですけど、嵐が来るときとかは漁船はあそこにしまわれます」
  「ふぅん」
  指差す方向には大きな建物。
  デッキの2階、か。
  近い方から回るか。船長の情報収集、開始するとしよう。
  「案内しますか?」
  「お願い」
  デッキは見えているから1人でも行けるけど、その後の道案内もあるから付き添ってもらうとしよう。
  50キャップの手間賃が安いか高いかは知らないが。
  行きかけて私は止まる。
  「武器はどこで手に入れればいい?」
  「武器、ですか?」
  「そう」
  「ブルートさんが取り扱っています、それも街の西側です。ただ、かなり割高だと思いますよ。とはいえこの街で唯一まとな武器類を扱っている店なので仕方ありませんけど」
  「まともな?」
  「はい。大体は皆各々で自作してますから。モリとかですけど。銃も取り扱っている雑貨店はありますけど、護身用の小型拳銃や骨董品のショットガンぐらいですね。量も大してありませんよ」
  「外敵はどうするの? この街の治安は?」
  「外敵、たまにプンガフルーツの種を強奪する為に密輸業者がヘルメツ島を拠点として上陸しますけど自警団が追い払ってます。あんまり性質の悪い余所者は受け入れられないので。治安は
  有志を募っての自警団です。街を治める人はいなくて、それぞれが意見出し合って方針を決めてます。意見が割れた時は多数決で決めてます」
  「他の施設は?」
  「そんなぐらいです。ここは自給自足で静かに暮らしている街なんです」
  「なるほど」
  歩き出すサキに付いて行く。
  活気ではソドムに負けるものの、何だかんだでこの街には200人の人が暮らしているらしい。この時代、かなりの規模の街だ。三角交易時はもっと栄えていたのだろう。
  そう考えると立地は悪くない。
  Uシャークがいなければ、だが。
  「ビイハブ船長は知ってる?」
  「船長さんですか? 知ってますよ。でも知っている程度です、あまり喋ったことはありません」
  先行くお尻……違う、サキの背に着いてデッキに到着。
  デッキの周りは魚市場。
  活気がある。
  ただしかなり魚臭い。そんなところに地元民たちが群がっている。宿での食事も必ず魚が出そうだ、それもかなり奇形の魚の料理が。
  もちろん料理されていれば原型を知らずに済むわけだが、ここは奇形魚の見本市のような場所だ。

  「へいっ! らっしゃいっ! 汚染された海で獲れたピチピチの奇形魚だよっ!」

  煽り文句が泣けてくる。
  ピチピチの奇形魚ね。
  美味しそうだ。
  歩きながらちらりと見る私の魚への視線に気付いたのか、漁師と思われる魚売りは私に声を掛けてくる。サキは気付かずに先に行く。
  「あんた、旅行者かい?」
  「ええ」
  「サキちゃんとこに泊まるのかい?」
  「ええ」
  「あんたには理解できないかねだがね。汚れた海に汚れた雨が降る、それでも人は水から離れたがらない。所詮人間は水なしでは生きていけないんだよ。だから俺らは暮らしてる」
  「そうね」
  私は適当に頷いて歩き去る。
  何が言いたいのだろう。
  郷土愛か?
  別に蔑みはしてないし好きに生きればいいと思う、ただ、理解はし難い。化け物がいる水辺を避けないのはあまり賢いとは思えない。
  だがこれが根を張って生きるということか?
  それが言いたいのか?
  根無し草の私に対して?
  考え過ぎか。
  まあいい。

  「……ああ、今日も船が来ないっ!」

  誰かが何か叫んでいる。
  無視した。
  船が来ない?
  港にはそれなりに船があったでしょうに。
  サキに追いつくと誰かと話している。彼女は私に気付いてこちらを見た。
  「あっ、クリスさん」
  「どうしたの?」
  「ビイハブ船長のことをさっき言ってましたよね。今聞いたんですけどビイハブ船長ならさっきマドロスの酒場に入って行ったそうです」
  「そう」



  サキに荷物と前料金を渡し、宿に運んでもらった。
  私はマドロスの酒場に。
  ビイハブ船長の船が欲しい、可能なら合法的に、その為の話し合いでありその為の接触。……可能なら。
  店内は客でそれならに一杯だった。
  完全に満席ってわけでもない。
  カウンター席とテーブル席が少し空いている。
  私は迷わずカウンターに座った。
  「ふん」
  酒場のマスターがコップを私の前に置く。
  何か頼めってことか。
  「スコッチ」
  「てっきりミルクでも飲むのかと思ったよ。ほらよ」
  酒か。
  飲めなくはないが標的を追っている際は極力飲まない、だがこの場合は飲まなくてはならない。酒場での情報収集なのだからある程度は酔う必要がある。長い間追跡任務しているので素面での
  聞き込みと同じ酔っ払いとしての聞き込みでは後者の方が能率が良かった。あくまで私の経験上では、だけど。

  ごくごくごく。

  一気に飲み干す。
  コップをカウンター席に置いた。
  「結構な飲みっぷりじゃねぇか。もう一杯、やるか?」
  「ええ」
  「ほらよ」

  ごくごくごく。

  飲みながら、どこからか視線を感じる。
  鋭い視線だ。
  薄目を開けて視線の方を見る。
  緑色の髪をした、ショートボブの女性が私を見ている。
  知らないな。
  何者だ?
  漁船での一件もある、COS以外の勢力もいるようだ。気を付ける必要はある。
  「ビイハブ船長って知ってる?」
  4杯目を飲んだ後、マスターと軽く雑談をしつつ本題に入る。
  余所者ではあるけど酒好きと認定されたのか、マスターの口は少し軽くなっている。
  「ビイハブ船長は不幸な男なんだ」
  「不幸?」
  「ああ。そうさ。俺はイシュマルって男から全てを聞いた。何かを憎む心はもっと大きな憎しみへ、人を誘い込むのさ」
  「ここに来ているって聞いたけど」
  「あんた船長を探しているのか?」
  「ええ」
  「なら残念だったな。船長は一杯やってすぐにここを出て行ったよ。きっと今頃はネメシス号でUシャークを探し回っているはずだ」
  「そう。どうも」
  無駄足か。
  だがここは船乗りがたくさんいる。
  船長の話を聞くとしよう。
  もちろん私にとって船長なんぞどうでもいい。COSは沖合で何かしている。ちょっかい出すにしても漁船ではパワーがない、一撃離脱するには船長の船がいる。
  それだけだ。
  無断借用も辞さない。
  ……。
  ……まあ、その方が簡単かな。
  手間が省ける。
  さて。
  「船長に詳しい人って他にいる?」
  「ああ。おーい、イシュマルっ!」
  マスターは声を張り上げて誰かを手招きした。
  漁師風の男が呼ばれてやって来る。
  「何ですかい? ツケは待ってくれるって……」
  「そうじゃない。このお嬢さんが話したいとよ。というかツケの70キャップはさっさと払え」
  ジャラリ。
  キャップをカウンターに置く。
  「こんなに飲んでないだろ、あんた」
  「彼のツケの分」
  イシュマルは私ととマスターを交互に見て、マスターがキャップを回収すると私に笑い掛けた。
  私は余所者。
  探索の仕事には信用がいる。
  必要経費だ。
  「こりゃどうも。あっしは昔、ビイハブ船長の船に乗ってた、イシュマルってもんでさ」
  「クリスよ。船長の話が聞きたい」
  「船長はUシャークってえ化け物に深い恨みを抱いてましてね。ああいうのを復讐の鬼っていうんだろうな」
  「どこに住んでいるの?」
  「ビイハブ島でさ」
  「ビイハブ島?」
  「ここの南にある小さな島でさ。一周するのに半日も掛からない程度の島でさ。船長はそこで暮らしてます。生活用買ったり酒飲みにここに来たりはしますけどね」
  「そう」
  どうする?
  奪うか。
  だがもう少し情報が欲しい。穏便に片が付くならそれに越したことはない。

  「ビイハブ船長はすっかり変わってしもうた」

  老人が話に入って来る。
  よっこらせと言いながら私の右隣の席に座った。
  誰だ?
  「モビィ爺さんでさ」
  イシュマルが耳打ち。
  どうやらこの老人も船長について何か知っているようだ。
  酒を奢るまでもない。
  彼は一方的に話してくる。
  「それというのも、みなUシャークという化け物を深追いし過ぎたせいなんじゃ。事の起こりは船長の足をUシャークが食い千切ったことでのぅ。その恨みを晴らす為に船長はあの化け物ザメに
  何度も挑み、自分の息子や弟までUシャークに殺されてしもうたんじゃっ! 船長は今や血に飢えておる、憎しみに凝り固まった復讐の鬼じゃよっ!」
  「復讐」
  私と同じじゃないか。
  ベロニカと別れさせられた、その恨みだけではない。エリヤは悪だ、純然たる悪。
  奴を殺すのは私の使命だ。
  「昔は腕も良いが気も良い立派なサルベージ屋だったんじゃが……」
  モビィ老人がそこまで言うと酒場の誰かが船長にっ!と叫んだ。
  波紋のように広がり、誰もが酒の入ったコップを掲げてビイハブ船長の半生に対して、乾杯をした。
  それが敬意なのか、憐れみなのか、それとも明日には死ぬであろう彼に対しての献杯なのか、異邦人である私には分からなかった。
  もちろん分かる必要はない。
  私に必要なのは船。
  どう船長をおだて、あるいは出し抜いて船を奪うか、私はそのことだけを考えていた。
  私の胸中にあるのはそれだけ。